[Jolly Old Saint Nicholas]Jolly Old Saint Nicholas この曲はトラディショナルというのではなさそうで、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカでだれかが作ったようだ。しかし作詞曲者を示すような資料はなにも見つからず、もしかしたら作詞曲者があえて名を伏せたか隠したのかもしれない。
[Jingle Bells]Jingle Bells これはクリスマス曲としてもっとも名が通っているおなじみの曲である。ところが不思議なことに歌詞ではクリスマスについてなんら触れていない。じつは1857年にジェイムズ・ピアポント James Pierpont によってボストンの教会における感謝祭の式典のために書かれたが、感謝祭についても触れていなくて、曲名も[One Horse Open Sleigh]という、ただ橇(そり)滑りを歌っただけのものだった。
[Jingle Bell Rock]Jingle Bell Rock これは1957年にボビー・ヘルムズが作詞作曲して、自身のレコードで出した現代のクリスマス曲である。題名も歌詞の一部も[Jingle Bells]から取られているのでいわばその姉妹版と言えるかもしれないし、また50年代ポップスの[Rock Around the Clock]や[Jingle Hop]などにも言及しているので、従来のクリスマス曲とは少し趣が違って新しい。
[I’ll Be Home for Christmas (If Only in My Dreams)]I’ll Be Home for Christmas (If Only in My Dreams) これはキム・ギャノン作詞、ウォルター・ケント作曲で1943年につくられた曲である。ビング・クロズビィが歌ってヒットするクリスマス曲として、前年の[White Christmas]や[Silent Night]のあとを受けて出され、見事に三番目の成功作になった。
[It Don’t Mean a Thing (If It Ain’t Got That Swing)]It Don’t Mean a Thing (If It Ain’t Got That Swing) エリントンが作曲し彼のエージェントのミルズが作詞した曲で、’32年の作品だ。彼の多くの作品と同様に、この曲も元もとはインストゥルメンタルとしてつくられたが、歌詞がつけられてヒット・ソングとなった。
[It Came upon the Midnight Clear]It Came Upon the Midnight Clear これはマサチューセッツ州ウェイランド Wayland の統一教会派の教区牧師だったエドマンド・ハミルトン・スィアーズが歌詞を書いたもので、1849年に Christian Register というボストンの教会報12月29日号に載せられた。
[I Wonder as I Wander]I Wonder as I Wander これはトラディショナル曲のようであるが、もうあまり確実なことは判らない。歌手でもあり若いときからとても熱心なフォークソングの収集家であったジョン・ジェイコブ・ナイルズが1933年にノース・キャロライナ州で蒐集し、書きとって編曲し仕上げた。
[I Wish You Love (Que Reste-t-il de Nos Amours?)]I Wish You Love (Que Reste-t-il de Nos Amours?) これは原作シャルル・トレネの[Que reste-t-il de nos amours?]というシャンソンで、もとは1946年の曲である。がアルバート・A・ビーチが英詩をつけて[I Wish You Love]という名でヒットし、アメリカでのクレディットは’55年になっている。ビーチはリー・ウィルソン Lee Wilson というペン・ネイムも使っていたから、楽譜によってはそういう表記もある。
[I Saw Mommy Kissing Santa Claus]I Saw Mommy Kissing Santa Claus これはトミー・コナーの作品で、1952年のヒット・クリスマス曲である。イギリスではビヴァリー・スィスターズ Beverly Sisters が歌い、アメリカではジミー・ボイド Jimmy Boyd の歌が素朴な味を出してたいへん有名になった。
[I Heard the Bells on Christmas Day]I Heard the Bells on Christmas Day この曲の歌詞はハーヴァード大学で17年間教えていた文学者で詩人のヘンリー・ワズワース・ロングフェロウ(1807-1882)が、アメリカの南北戦争の最中の1863年に書いたもので、クリスマス讃歌でありまた反戦歌でもあった。