カテゴリー別アーカイブ: 研究

【研究】オスカー・ハマースタイン二世のエッセイ 1(ヨーロッパ、ロシアからの移民の作曲家)

ヨーロッパ、ロシアからの移民の作曲家は19世紀末から今世紀初めにかけて非常に多くアメリカに渡ってきている。アーヴィング・バーリンを初めとして、ヴァーノン・デュークはもちろん、[Be My Love]のニコラス・ブロツキィ然り、[Wild Is the Wind]のディミトリィ・ティオムキン然りである。

【研究】ガーシュウィン兄弟

次の日ヴァースをつくり始めるときのことを、アイラは著書でこう書いている。──「ジョージ、アイルランド的なヴァースはどうだい?」と僕がそれだけ言えば充分だった。彼はすぐに僕が言わんとしている〝思いに耽っているような孤独さ〞を感じとった。

【研究】コウル・ポーター 1

コール・ポーターがこの曲をつくった経緯については色いろなことが言われてきている。一説には彼がフランス外人部隊にいてアルジェリアでつくったとかいうし、またオランダ領東インド、アロール島のカラバハヒ Kalabahai (または Kalabahi)という小村の原住民のリズムからインスピレイションを得てつくったという説、ポーターがニューヨークのウォルドーフ・アストリアに泊まっていた(事実上住んでいた)とき当時売れていたラテン・バンドのザヴィア・クガトも同じく泊まっていて、彼との会合から生れたという説もある。

【研究】ファッツ・ワーラー

ワーラーは自分の書いた曲をはしたがねで売ってしまうという気前のよさで有名だったようだ。二、三百ドルとかときには百ドル以下の額で売ってしまったり、フレッチャー・ヘンダーソン Fletcher Henderson にハンバーガーを九個おごってもらい、九曲書いて返したこともあった。

【研究】命令形、使役動詞の訳

命令形、使役動詞は英語には非常に多い。日本語でもないわけではないが、日本ではその使用は親子や夫婦やごく親しい関係に限られ、そうでない場合は地位や立場の上下に強く律せられているのが普通だ。

【研究】音楽観の変質

最近は、TVコマーシャルで曲や歌手が有名になる、売れるということが非常に多くなった。レコード店には〝コマーシャル・コーナー〞とかいう売り場が用意されて、そういうレコードが売られているし、またそれでよく売れるようである。

【研究】アメリカ的なもの 1

ジェロウム・カーンが最初のアメリカの作曲家、最初のアメリカ的な音楽を書いた作曲家と言われるのは、一つには彼がアメリカ生れだったことによっている。これは日本人にはなにか奇妙なことに聞こえるかもしれない。

【研究】昭和30年代の日本人とアメリカン・ポップス

映画の主題歌であれなかれ、このころのこういったアメリカのヒット・ソングは日本人の生活にも非常に大きな意味をもっていた。アメリカのヒット・ソングを生活のなかに受容するということは、昭和20年代はまだ一部のマニアだけのことだったが、30年代になると日本の全大衆を巻き込むような現象になっていった。