カテゴリー別アーカイブ: 改訂版

[It Had to Be You]It Had to Be You

これはアイシャム・ジョーンズの楽団の1924年のヒット曲で、ガス・カーンが歌詞をつけている。映画、ミュージカルには関係なくても、ジョーンズ楽団のレコードがヒット・チャートのトップにあがって、その位置を5週維持した。同年にはさらにマリオン・ハリスの歌が3位まで、ウクレレ・アイクことクリフ・エドワーズの歌が6位までのぼり、ビリー・マレイ Billy Murray とアイリーン・スタンレイ Aileen Stanley、ポール・ホワイトマン楽団などのレコードもチャート入りし、またサム・ラーニン Sam Lanin、ケイ・トンプソン Kay Thompson らのレコードも出た。

[On the Street Where You Live]On the Street Where You Live

これはラーナーとロウのミューズィカル【My Fair Lady】に挿入された曲で、’56年の作品だ。そのミューズィカルでは登場人物のフレディ Freddy Eynsford-Hill を演じたマイケル・キング John Michael King がこれを歌った。そして’57年にヴィク・ダモンがコロンビアに吹きこんだレコードが売れてヒットした。

[All or Nothing at All]All or Nothing at All

ローレンスとアルトマンの二人による曲で、映画やミュージカルとは関係なくつくられている。’40年にコロンビアから出たスィナトラ/ハリー・ジェイムズ Harry James 盤のレコードが最初だった。ただしこれはたいして売れず、’43 年にシナトラが彗星の如く出てきて有名になってから改めて売れ、結局ミリオン・セラーとなった。

[You’d Be So Nice to Come Home To]You’d Be So Nice to Come Home To

コウル・ポーターが’43年のミュージカル映画『Something to Shout About』に書いた曲で、ジャネット・ブレア Janet Blair とドン・アミーチェ Don Ameche が歌った。ブレア(’21-2007)はペンスィルヴァニアの田舎の教会のコーラスで歌っていたが、ハル・ケンプ楽団のオーディションを受けて通り、専属歌手を二年間勤めた。それからLAの Cocoanut Grove で歌っているところをコロンビアのスカウトに見出され、その直後にケンプが自動車事故で亡くなってしまったこともあって映画界入りして、これが第一作となった。

[Begin the Beguine]Begin the Beguine

コウル・ポーターが’35年のミュージカル【Jubilee】のために書いたもので、そこではジューン・ナイト June Knight が歌った。[Night and Day]などとともに彼のラテンリズム曲の代表作の一つだが、なんと108小節もある。ポップソングのなかでは108小節というのは最長かもしれない。脚本のモス・ハート Moss Hart が聴いていて、もう終わったかと思ったらまだ半分くらいのところですごく驚いたという。

[My Foolish Heart]My Foolish Heart

ダナ・アンドルーズ Dana Andrews とスーザン・ヘイワード Susan Hayward 主演の1949年の映画『My Foolish Heart』の主題歌で、ヴィクター・ヤング作曲とネド・ワシントン作詞で作られた。原作はJ・D・サリンジャー J. D. Salinger の’48年の短編《コネティカットのウィギリー叔父 Uncle Wiggily in Connecticut》で、《ライ麦畑で捕まえて The Catcher in the Rye》など彼のほかの作品は映画化による改変が激しく、〝原作者から「映画化と称する」ことへの承認を得られず、サリンジャー作品の映画化はこれだけだ〞という指摘もあったほどだ。

[My Buddy]My Buddy

ガス・カーンとウォルター・ドナルドソンのコンビで1922年に作られた曲で、映画やショウには関係なく出された。《The American Song Book: The Tin Pan Alley Era》(Philip Furia and Laurie Patterson, Oxford University Press, 2016)には「ドナルドソンの許嫁が亡くなり、彼女のことを想ってその悲しみを彼が曲にした」とある。

[Mona Lisa]Mona Lisa

リヴィングストン/エヴァンズのコンビが二度目のアカデミィ主題歌賞をもらった曲で、アラン・ラド主演の1950年の映画『Captain Carey, U.S.A.』に使われた。がなんといっても、ナト・キング・コウルの歌で300万枚売れたことがこの曲のイメージを決定づけた。’50年初めに300万枚という数は本当に莫大だったろう。