[I Don’t Know Why (I Just Do)]I Don’t Know Why (I Just Do) フレッド・E・アーラートがロイ・タークと書いた’31年の作品で、当初の人気はそれほどでもなかったがご40年代になってトミー・ドースィ楽団がシナトラの歌で吹き込んで有名になった。
[I Get Along Without You Very Well (Except Sometime)]I Get Along Without You Very Well (Except Sometime) これはホウギィ・カーマイケルの書いたもののなかでも地味であまり知られていない曲の一つだ。とても綺麗で素晴らしい歌で、なかでもピリー・ホリデイの歌うこれは絶品で私の大好きな曲である。
[If I Could Be with You (One Our Tonight)]If I Could Be with You (One Our Tonight) ヘンリー・クリーマーともう伝説的になってしまったピアニストのジェームズ・P・ジョンソンの’26年の作品だが、’30年と書かれてあるものもあり、その理由は私にははっきりとは判らなかった。
[Jersey Bounce]Jersey Bounce 1941年にタイニィ・プラッドショーのバンドに在籍していたサックス奏者のポビィ・プラターによって作編曲された曲で、ロバート・ライトによる作詞は多分もう少しあとのことだろう。
[Lady Is a Tramp, The]The Lady Is a Tramp 1937年のロジャーズ&ハートのコンビによるミュージカル【Babes in Arms】に挿入された曲で、[My Funny Valentine]、[Johnny One Note]、[Where or When]などとともにスタンダード曲として残っている。
[Love Is a Many Splendored Thing]Love Is a Many Splendored Thing 1955年の同名の映画『Love Is a Many Splendered Thing 慕情』の主題歌で、ポール・フランスィス・ウェブスターとサミー・フェインが書き、’55年度のアカデミー主題歌賞を取っている。
[Make Believe]Make Believe オスカー・ハマースタインニ世が作詞と台本を、ジェロウム・カーンが作曲を担当した1927年のミュージカル【Show Boat】のなかの曲である。【Show Boat】は最初のアメリカのミュージカルであるという解釈、評価がなされている。
[Make Someone Happy]Make Someone Happy ジュール・スタインが作曲した1960年のミュージカル【Do Re Mi】のなかの曲で、作詞はベティ・コムデン、アドルフ・グリーンのコンビが担当している。スタインは前作の【Gypsy】がよすぎたせいか、この【Do Re Mi】も悪くはなかったものの前作に較べてやや低調というような評価がなされている。
[My Blue Heaven]My Blue Heaven この曲は作詩のジョージ・ホワイティングがヴォードヴィルで使ったのが最初で、1924年のことである。ヴォードヴィル vaudeville は歌、踊り、パントマイム、漫才、曲芸などをまじえたショウで、最初はフランス語でノーマンディ Normandy の Vau de Vire の詩人O. Basselin の作曲になる流行歌をさして言ったらしいが、時代が下ってアメリカでヴァラエティ・ショウに近いものをさすようになった。
[Once in a While]Once in a While グリーンとエドワーズの二人によって1937年に作られているが、’50年に映画『I’ll Get By』に挿入された以外は、これといって使われていない。