[購読]Jingle Bells(楽譜付き) これはクリスマス曲としてもっとも名が通っているおなじみの曲である。ところが不思議なことに歌詞ではクリスマスについてなんら触れていない。じつは1857年にジェイムズ・ピアポント James Pierpont によってボストンの教会における感謝祭の式典のために書かれたが、感謝祭についても触れていなくて、曲名も[One Horse Open Sleigh]という、ただ橇滑りを歌っただけのものだった
[購読]Jingle Bell Rock(楽譜付き) これは1957年にボビー・ヘルムズが作詞作曲して、自身のレコードで出した現代のクリスマス曲である。題名も歌詞の一部も[Jingle Bells]から取られているのでいわばその姉妹版と言えるかもしれないし、また50年代ポップスの[Rock Around the Clock]や[Jingle Hop]などにも言及しているので、従来のクリスマス曲とは少し趣が違って新しい。
[購読]I’ll Be Home for Christmas (If Only in My Dreams)(楽譜付き) これはキム・ギャノン作詞、ウォルター・ケント作曲で1943年につくられた曲である。ビング・クロズビィが歌ってヒットするクリスマス曲として、前年の[White Christmas]や[Silent Night]のあとを受けて出され、見事に三番目の成功作になった。それは’43年10月4日にジョン・トロッター・オーケストラ John Scott Trotter 伴奏で録音され(Decca 18570)、3位まで昇り、チャートに7週入っていた。ヴァースの最初に I’m dreaming tonight of a place I love とあるように、かなり戦争や[White Christmas]の雰囲気を継承していたと言えるだろう。
[購読]It Came Upon the Midnight Clear(楽譜付き) これはマサチューセッツ州ウェイランド Wayland の統一教会派の教区牧師だったエドマンド・ハミルトン・スィアーズが歌詞を書いたもので、1849年に Christian Register というボストンの教会報12月29日号に載せられた。彼は同州クインスィの司祭で彼の友だったラント W. P. Lunt の要請でこれを書いたという。そして New York Tribune 紙の編集者で評論家であり、フェリックス・メンデルスゾーンについて作曲を勉強したリチャード・スターズ・ウィリスが、’50年に書いた[Carol]という曲がこれにつけられた。できあがるとこれがアメリカで作られた、初めて世界的に認められたクリスマス曲となった。
[購読]I Wonder as I Wander(楽譜付き) これはトラディショナル曲のようであるが、もうあまり確実なことは判らない。歌手でもあり若いときからとても熱心なフォークソングの収集家であったジョン・ジェイコブ・ナイルズが1933年にノース・キャロライナ州で蒐集し、書きとって編曲し仕上げた。同州の小村マーフィ Murphyで宣教師の一団のなかのアニー・モーガン Annie Morgan という若い女性がこれを歌っているのを耳にした彼は、彼女に個人的に何度も歌ってもらって書き留めた。
[購読]I Saw Mommy Kissing Santa Claus(楽譜付き) これはトミー・コナーの作品で、1952年のヒット・クリスマス曲である。イギリスではビヴァリー・スィスターズ Beverly Sisters が歌い、アメリカではジミー・ボイド Jimmy Boyd の歌が素朴な味を出してたいへん有名になった。サンタがやってきてお母さんとキスするが、歌い手はまだ幼すぎてサンタがお父さんの変装だとは判らない、そういうプロットが歌詞のなかにあって素朴な面白さを出している。
[購読]I Heard the Bells on Christmas Day(楽譜付き) この曲の歌詞はハーヴァード大学で17年間教えていた文学者で詩人のヘンリー・ワズワース・ロングフェロウ(1807-1882)が、アメリカの南北戦争の最中の1863年に書いたもので、クリスマス讃歌でありまた反戦歌でもあった。その年の12月25日にロングフェロウはクリスマスの鐘がなるのを聴いていて、前年の11月に彼の息子チャールズ・ロングフェロウ中尉が戦闘で重傷を負ったことやこの同胞殺戮というやりきれない戦争全体をなげいて、[Christmas Bells]という詩を書いた。
[購読]A Holly Jolly Christmas(楽譜付き) これは[Rudolph the Red-Nosed Reindeer]で有名になったジョニー・マークスの1962年の曲である。〝ルドルフ〞のヒット以来、彼はクリスマスなどの祝祭日曲専門のようなソングライターになった。もちろんほかにも書いているけれど、彼の作品にはとりわけそういう曲が多い。それは自分でも意識していたようで、彼が1949年に自分の楽譜出版社を作ったとき、なんとその名前は聖ニコラス楽譜出版 St. Nicholas Music Publishing というものだった。
[購読]The Holly and the Ivy(楽譜付き) これはイギリスのトラディショナルと言われる歌詞に、フランスの古いメロディをつけた1700年ごろの曲である。だが歌詞はキリスト教以前のドゥルイド教時代まで、おそらく千年くらい遡ると言われる。ヒイラギと蔦はドゥルイド教に縁の深い植物で、ユールの祭りの唄がキリスト教化されたものの一つである。15、16世紀には教会の記録にヒイラギと蔦がよく現れるので、教会の装飾として多く使われていた。[The Contest of the Ivy and the Holly ヒイラギと蔦のコンテスト]という古い聖歌があって、たぶんそれと関係している曲だと言われている。
[購読]Here We Come A-Caroling (Here We Come A-Wassailing)(楽譜付き) これはもとの名を[The Wassail Song]といったように、イギリスのいわゆるワセイル・ソングである。ワセイル・ソングとはクリスマスや十二夜にワセイル鉢に入れた軽い酒を飲み健康を祈って乾杯する唄のことを言う。クリスマス節には金持ちがいくらか寛大になるので、乞食や孤児の集団がイングランドの雪のつもった道路を歌い踊り歩き、彼らにワセイル鉢に入れた飲み物や銅貨やポークパイを振る舞ってくれたり、また家に入れてくれてしばらく暖炉の温もりを与えてくれたりした。そこで彼らはお返しに幸運が訪れるようにとワセイル・ソングを歌って返した。