Episode #016 少なくともワン・ブロックぐらい運転したってことは信じてもらえるかな?

 アート・テイタム Art Tatum は同時代の目の見えるどんなミュージシャンよりも完成された音楽家だったから、多くの盲目のミュージシャンにとって励みとなった。テイタムと盲目の歌手アル・ヒブラー Al Hibbler とは仲のいい友達だったが、ある晩彼らはロス・アンジェルスのクラブ〝ストリーツ・オヴ・パリス Streets of Paris〞でテイタム・トリオの仕事が終ったあと、スラム・ステュアート Slam Stewart の車の後部座席に乗って帰るところだった。みんなが、このあとの〝ラブジョイズ Lovejoy’s〞でのセッションにアルを誘ったのだ。そこでアートとアルは運転の話しをし始めた。ステュアートが回顧する。

──アートはアルに「ああ、僕はきみより運転がずっとうまいよ、きみには運転なんか無理だもんなあ」と言う。でアルはお返しに自分の方がずっとうまく運転できるさと言い返すんだ。アートがどなった、「スラム、車を停めておくれ、どっちがうまいか奴さんに見せてやるから」とね。僕が車を寄せて停めると、「さあ、運転していいぜ」とアートがアルに言う。

 するとアルは尻込みして、「判ったよ、僕には運転は無理だよ」と認める。アートは「じゃあ、僕は運転できるから、ハンドルを握らせておくれ」と言うんだ。僕はエンジンを始動させて、アートを運転席に坐らせたが、それでアートが少なくともワン・ブロックぐらい運転したってことは信じてもらえるかな? 幸運にも道はあまり混んでなかったんだけど。